プラトー1プロジェクト、またはイマーシブ・リスニング革命

2月 2022 | NEWS | ETC Trainings

以前より、パリ国立高等音楽院(CNSMDP)ではYamaha/NEXOグループと共同で進めているプロジェクトとして、イマーシブサウンドについて研究しています。プラトー1(主催する会場にちなんで)と名付けられたこのプロジェクトは、コンセルヴァトワール(音楽学校)が活動するさまざまな分野に影響を及ぼしています。

このインタビューでは、コンセルヴァトワールの音響・映像部門の責任者であるDenis VAUTRIN氏とAlexis LING氏が、NEXOのエンジニアリング責任者François Deffargesと、コンセルヴァトワールの活動の中心であるこのプロジェクトについて議論しています。

プラトー1プロジェクトとは、どのようなもので、どのような経緯で実現したのでしょうか。

Denis
プラトー1プロジェクトは、コンセルヴァトワールの中で十分に活用されていないと感じていたプラトー1という場所に、イマーシブサウンドのための実験室を作りたいという思いから生まれました。
少し前に、招待審査員の一人で、プロ用音響システムメーカーNEXOの音響専門家であるFrançois Deffarges氏と話し合ったことがあります。私たちはイマーシブウンドの実験に特化したプラットフォームを作りたかったのですが、François氏は、その時点で、ライブパフォーマンス用の新しいサウンド拡散ツールの研究も行っていたことがわかりました。私たちは、このテーマについていくつかの共通した疑問を持ち、次第に協力の機会を見出すようになりました。
このテーマは複雑で、私たちの疑問に対する答えを見つけ、イマーシブサウンドの探求に必要な最新技術を学生に提供するためには、多額の投資が必要であることがすぐに明らかになりました。
NEXOは、特にライブまたは放送アプリケーションでのイマーシブオーディオ制作における分散型のアプリケーションで、我々の学生に協力頂くことができました。私たちは最近、このイマーシブという考え方を取り入れることで、音についての考え方に小さな革命を経験しました。そして、同時にこのような革命は、必然的に多くの疑問を投げかけることになります。そこで、これらの問題を、私たちだけで作るにはリソースが足りない実験室で探ってみようということになりました。そこで生まれたのが、このパートナーシップのアイデアです。

François
すでにサウンドオブジェクトを空間に配置するイマーシブソリューションの開発に取り組んでいたこともあり、タイミングが良かったのです。このパートナーシップにより、フォーマットの開発と改良のために、ユーザーとの重要な相互作用が可能になりました。

このイマーシブ体験について教えてください。どのように機能するのでしょうか?

Denis
音による本格的なバーチャルリアリティ体験を提供するシステムです。バーチャルなサウンドシーンをレンダリングし、私たちの実世界で体験できるようにします。これは、私たちが知っている視覚的なバーチャルリアリティと同様なことを音の世界でも行うのです。
私たちは、リスナーが従来の正面のステレオ定位の音響表現から、完全に没入できるようなイベントや放送音源を制作することができるようになるでしょう。

Alexis
その概要は、直方体の骨格を持つドームに、耳の高さでリスナーを囲むスピーカー、より高い位置でリスナーを囲むスピーカー、リスナーの頭上位置にあるスピーカーをリング状に配置したものです。
このシステムは大きく2つの側面を持っています。イメージ(定位)は、音を任意のスピーカーに送ることができ、システム内の任意の位置、さらにはリスナーがスピーカーの向こう側に定位を認識する位置に正確に音を配置し、リスナーに対して3Dの音環境を作り出すことができます。これは、前段のプロセッサーで音を時間の関数としてそれぞれを空間座標として送信することでこのような制御をすることができます。これにより、リスナーの周囲で音が鳴っているような完璧なイリュージョンを作り出すことができるのです。
エンハンスと呼ばれる部分は、スピーカーシステムを補完するために、部屋の音響を拡張することです。天井に設置された12本のマイクロフォンは部屋の中で発せられるすべての音をとらえ、既存の部屋の響きを再現するシステムに接続されています。このマイクに音が届くと、DSPに送られ、あたかもその部屋の中で発せられたかのように処理され、その部屋の音響シミュレーションが全スピーカーに送られます。こうして大聖堂の音響を再現し、あたかもそこにいるかのような錯覚を与えることができるのです。すごいことですよね!
音響拡張と、それ自体が音響拡張で処理される音の空間化の両方を一つのシステムで再現できるこの能力は、まさに世界初と言えるでしょう。私たちは当然ながら、この体験を主催し、共有できることを大変嬉しく思っています。

François
実際、イマーシブサウンドは何千年も前から存在しているので、革命というより進化だと思います。今回の空間における仮想音源の研究は、イマーシブサウンドの次元を進化させたものです。リスナーだけでなく、観客を没入させることができるという事実、これこそが革命的な発展なのです。私たちは、これまでのステレオのプレゼンテーションを離れ、音が空間を形成することが当たり前になるパフォーマンスへと向かっているのです。

このプロセスが対象となるユーザー層について教えてください。また、それぞれのユーザーは、具体的にどのようなことができるのでしょうか。

Denis
すぐに気が付かなかったのですが大きな対象として、パフォーマーの練習やリハーサルの段階での使用があります。このシステムは、特にリハーサル時のパフォーマンス体験を向上させるための素晴らしいツールです。パフォーマーは日頃から実際の舞台とは異なる音響条件でこれらを行うため困難で疲れることが多いかと思いますが、このプロセスによって実際のパフォーマンス環境と同様に行うことが可能になるのです。
また、このツールはパフォーマンスが実際の会場で会場の音響の影響を受け、どのように相互作用するかを想定するか?のような理論的なコンセプトの概念を想定することができます。これは純粋にパフォーマーの経験に関わることなので、パフォーマーに伝えることは困難です。このシステムの強みは、パフォーマーがいる音響環境を別の音響環境へ素早く転換できることです。そのため、実際の本番を行う前に、音響の問題点を浮き彫りにすることが可能です。
これは、作品の表現における美的な問題や、音響表現の仕方や相互間の作用など、現在のコンセルヴァトワールで説明することが難しい問題に触れることが可能になるのです。
また、他の使用目的のユーザーにとっては、空間における音を創造して反映するためのツールでもあります。即興的なアプローチのパフォーマンスを行う場合は、異なるアプローチで空間の使い方を考えるために、このツールは適していない場合もあります。特に映画音楽や電子音楽の作曲家は、この方法で操作される電子音楽の素材が、クラシックな楽器とはまったく異なる新しい可能性を生み出すので、このツールに非常に興味を示しています。
音響エンジニアも、このような技術に非常に興味があり、イマーシブ環境の音の録音、放送、ポストプロダクションをマスターするためのテストができると感じています。

François
このプロジェクトの素晴らしさのひとつは、コンセルヴァトワールの教育との関わり方です。作曲からプロダクション、ミキシング、レコーディング、サウンドまで、あらゆる分野と交差していることです。なぜなら、音楽は細分化することができず、作曲から放送まで、全体が扱われて初めて存在するものだからです。

Alexis
オーディオビジュアル部門もこのプロジェクトに参加しており、チームによる過去25年以上にわたる研究成果の延長になります。このプロジェクトは、作曲家や音響関係の学生を対象とした教育にもつながっており、実際に音の空間化を指向しています。彼らは最近、ヘッドフォンを使って3D空間をシミュレートするアプリケーションを開発しました。当初はヘッドフォンのみでしたが、作成されたプロトコルにより、この開発作業を直接プラトー1に非常に簡単にエクスポートすることができるようになりました。この段階では、さらに調整しなくても、すでにかなり素晴らしいサウンドになっていますが、さらに微調整をすることで、より適切な表現とすることができます。
このような活動は、作曲や電気音響の学生にも行われており、各学科を横断するような価値ある教育的貢献を生み出しています。
教育的な観点からも、パフォーマーに音の重要性や部屋からのフィードバックの重要性を認識させることができるのは非常に有益なことです。コンセルヴァトワールの大きな使命のひとつは、全生徒のリスニングを鍛えるということがあります。
他にも、研究に携わるスタッフにとっても素晴らしいツールで、さまざまな技術を通じて、コンセルヴァトワールでさまざまなパートナーと行っているプロジェクト、特に現在取り組んでいるパリ・ノートルダム大聖堂の音響に関する研究プロジェクトをサポートすることができます。このように、コンセルヴァトワールですでに行われていることと一致する、非常に価値のあるサポートが提供されることになります。

この技術が音楽を聴く人たちに与える影響は想像できますか?

François
私たちは皆、自分のリスニング体験を持っていますし、ライブやコンサートに行けば、毎回必ず同じような体験を期待しています。徐々にリスナーの期待が進歩し、より良い音質を求めるオーディエンスの要求によって、音の分野では大きな技術的飛躍を遂げました。
この発展は、特にヘッドホンで音楽を聴くことが多い若い世代に関係しています。このような若者は、より良い音体験を求めるようになると思います。

Denis
放送する素材の中で音が「留まる」ことがない、この新しい音に対する考え方を、私たちはまだ十分に理解していません。私たちは音楽の録音と放送の方法を徐々に変え、リスナーによって再解釈されるような、より対話的なものへと向かっています。ユニークで固定された経験ではなく、リスナーがより相互作用するような経験です。

このツールを使って、異なるユーザープロファイルが同じプロジェクトで一緒に作業することは可能ですか?

Denis
制作や研修プロジェクトでは、プラトー1は作曲家、演奏家、エンジニア、ミュージシャン、ビジュアルアーティストが交流する神経中枢となります。そして最終的には商業的なオペレーションも入ってきて、ソリューションを提供することになるでしょう。事実上、皆で行う探求に特化した実験室なのです。
すぐに使える製品を作るための研修センターではなく、実験のための場所なのです。このパートナーシップのおかげで、私たちのコラボレーターはプロダクトデザイナーであり、これはこのプロジェクトにおいて、具体的で信頼できる質的な貢献をしてくれるという財産になっています。しかし、組織はあくまでワークショップであり、創造の場であることに変わりはありません。

Alexis
例えば、ダンサーの動きがきっかけとなり、それに合わせてステージ上でミュージシャンが演奏するバーチャルセットを想像してみると、とてもよくわかると思います。
このシステムでは、音の響きだけでなく、分散型の音響システムのシミュレーションも可能です。コンセルヴァトワールの他の部屋の音響を再現することができるので、別の部屋で行われるイベントのためにステージ1のミックスを準備することができ、作品の徹底したプリプロダクションを可能にします。このシステムは、何でもモデリングできるレンダリングエンジンを搭載した装置とイメージしていただければと思います。

この技術によって、通常では不可能なプロジェクトが実現できるのでしょうか?

Denis
この技術の強みは、解像度の高さにあります。リスナーを取り囲むように50台のラウドスピーカーが配置され、最終的に少し複雑で正確さに欠ける部屋を再現するためには、これが不可欠なのです。
この技術には、スペクトル拡散能力も加わっています。非常に低い周波数から高い周波数までを表現するスピーカーシステムは、舞台に携わる上で新しい概念です。今日、これらの機材によって、この技術はコンセルヴァトワールにしかないものとなっています。

François
このイマーシブツールは、どんな場所でも同じように再現できるように開発されていることを忘れてはいけません。レンダリングエンジンによって数値化され、音源やスピーカーの位置を正しく設定するだけで、3、4倍広い部屋でも簡単に同じ音が再現されます。つまり、固有である側面と多様である側面があるのです。

Alexis
このプロセスを非常に効果的にしているのは、ミュージシャン、サウンドエンジニア、ダンサー、楽器奏者、私たちの素晴らしい楽器の数々…これらすべてがこのプロジェクトの豊かさに貢献し、コンセルヴァトワールのインフラ全体とこの環境はまさに唯一無二な物としています。

(François Deffargesへの質問):CNSMDPとのコラボレーションは、あなたにとってどのように重要なのでしょうか?

このような依頼を受けたことを大変光栄に思っており、一瞬たりとも躊躇することなく参加しました。世界でも有数の名門校で行われるこの冒険に参加できること、そして最高の音響専門職のトレーニングプログラムに参加できることをとてもうれしく思っています。完璧なコラボレーションです。

他の組織で同様のプロジェクトが存在することをご存知ですか?

Denis
特にスウェーデンやウィーンでは、他の研究機関がこのアクティブ・リバーブレーションという問題を研究しているところですが、私たちが知る限り、我々のようなデュアルシステムは他には存在しません。
このシステムの長所は、2種類の使い方ができることです。一方では、標準化され、文書化された、したがって共有可能なソリューションとしての使用、もう一方は、このシステムには、より実験的で構造化されていないアクションを実行し、テストすることを可能にするエントリーポイントも存在します。実際に現在ステージを簡単に使用できるようにして、コンセルヴァトワールの教師や学生なら誰でも、リスクなくこのスペースを使用し、シンプルでよく考え抜かれたインターフェースのアクティブリバーブツールを自由に使用することができるようにしています。
同時に、PCと開発中のインターフェイスを持つ研究者は、このツールを使って、まだプロトタイプの段階にあるものをテストすることができます。そして、そのステージは、基本的なホームオートメーションシステムから、極めて複雑な実験室まで対応できるのが、ここの強みです。

このプロジェクトの次のステップは何でしょうか。

Denis
次の作業のひとつは、作業の記録を取ることです。私たちは、このシステムを使用するすべての面について、高い確信と期待を持って導入しましたが、今ではさまざまなユーザーに影響を与えていることに気づきました。したがって、私たちはこれらのプロセスを分析し、長所と短所を文書化し、情報を共有する義務があります。ここはまだ研究と共有の場ですから。一歩一歩進め、その結果を文書化し、発表していかなければなりません。
また、私たちには改善を続ける義務もあり、これはプロジェクトに関連する産業界のパートナーも行わなければなりません。マニュアルと一緒に使うことを前提とした完成品ではなく、一緒にマニュアルを書き直し、ユーザーからのフィードバックを受けながら、日々ツールを改善していくことが重要なのです。
ツールの機能は当初から安定していますが、常に改良を加えています。これは長いプロセスですが、何よりも利用者全員が自分の責任を自覚するようになるため、教育的な意味合いもあります。自分たちの意見やニーズをプロジェクトに提供することで、私たちの『旅』に参加していることを意識することになります。
研究分野とプロジェクトとの関連では、音の空間化という課題に直面している現在のツールの妥当性について、全分野の研究が始まっていることに気づきました。
エコール・デ・モワンでは、バーチャルリアリティを専門とする若いエンジニアに出会いましたが、彼らはすぐに、私たちの将来のニーズにより適合するインターフェイスを発明することができたのです。このプロジェクトが多方面にわたるものであること、そして経験を共有することの重要性をすぐに認識することができました。

Alexis
また、教員、AVサービス業者、Yamaha/NEXOの関係者で研究グループを立ち上げ、学生にも参加してもらいたいと考えています。これらのツールはまだ新しいので、経験を共有することは本当に難しいことです。私たちは、ボランティアであるグループで実施された場合の集合的進化を信じています。参加者は、成功や失敗、アイデアを共有し、一定の成果を発表することで、プロジェクトを進展させることができるのです。このようなユーザーを一同に集める場は他にあまりないので、このハイブリッドグループは非常に興味深いです。

François
私たちはこの5年間、このソリューションを開発してきましたが、今日では人間工学や技術的なレベルなど、私たちが考えもしなかった詳細が明らかになり、初めての試練を受けているような印象です。しかし、非常に要求の高い多様なユーザーからのフィードバックを得ることができ、私たちやこのプロジェクトにとって大きなメリットとなります。

Alexis
プロジェクトの一環として、プラトー1には小型のビデオコントロールルームと3台のロボットカメラを備えたスタジオのような設備が設置される予定です。そのため、室内で3軸の撮影やライブ中継が可能となり、手軽に利用できる新たな配信メディアを提供します。

Denis
私にとって、これはパリ・コンセルヴァトワールのような非常に大きな学校で利用できるものと考え、大規模校に日常的に設置されるべき機器の一例となりと思います。
明日の教室がどのようなものになるかは誰にもわかりませんが、私たちのような機関では、明日の学習、創造、教育、ワークスペースがどのようなものになるかをより明確にするために取り組んでいるのです。これは、より大きなスケールで、さらに発展させることができるプロジェクトのプロトタイプのようなものです。

Alexis
さらに、この機器が普及すれば、残響付加システムを導入したスタジオも想像できるのではないでしょうか?
もちろん、全く同じにはなりませんし、同じようなリアルさはないかもしれませんが、先に述べたように、ミュージシャンが自分の音楽のための音響的な環境で演奏できることは、はるかに有益なことなのです。

François
というのも、もともと全く異なる文化圏にあった音響学と電気音響学が融合した瞬間であり、興味深い、いや、重要な瞬間だと思います。よりオープンで、より細分化された文化の中で、この2つの世界の融合を予兆しているのです。

最後に、このパートナーシップ、このプロジェクト、この関係を表現する3つの言葉をお願いします。

Denis
熱意、信頼、創造。

Alexis
共有、充実、教育

François
既にすべてが語られているので、ひとつだけ付け加えると、「成功」です。

 

協力:Yamaha/NEXO
Ron Bakker / Delphine Hannotin – Yamaha Music Europe,デザイン&チューニング
Christophe Girres – NEXO / Alain Roy – Espace Concept, 制作

取材元:
Denis Vautrin氏(コンセルヴァトワール サウンド教育担当)
Alexis Ling氏(コンセルヴァトワール 視聴覚部門責任者)
François Deffarges(NEXO エンジニアリング部門責任者)